「あら、コーシュカ、久しぶりね」
深緑の艶やかなドレスを着た椿さんが、僕を手招きしてカウンターの奥から二つ目の椅子に座らせた。
11月も半ば、世間同様、この街もクリスマスムードがぼちぼち浸透してきている。カウンターの隅の小さなガラスのツリーが暖かい色の照明にきらきらと光る。胸に真っ赤なダリアコサージュを飾った椿さんは今日も妖艶だ。
「こんばんは、モスコミュールを」
「今日はお店は遅番なの?」
「いえ、今日は休みなんです」
エイジさんがそっと僕の前に水泡がしゅわしゅわと美しいフルートグラスを置いた。
ロマンチストな椿さんはこういったシャンパングラスや江戸切子などが好きで、シンプルなタンブラーは「男くさくて」いやなのだという。
「あらあら、この透明な泡の向こうに見えるのは・・・嬉しそうね?コーシュカ、何かあったの?」
「あ、あの・・・いえ、なにも」
僕はどうもにやついているらしい。
「そういえば今日は番犬さんは?」
「番犬?」
「鳴海さんよ、あなた彼と付き合っているんですって?」
「あの、付き合っているというか・・」
「あらぁ、同棲してるって聞いたわよ。もういやあねえ、あの人のこと怖がっていたくせに。何がどう転がったの?」
「えっと・・・いろいろあって・・。あの人、すごく孤独で・・。寂しがりなんです」
「そんなところに惹かれたの?」
「ええ・・まあ」
「好きなの?」
「あ?・・えっと・・多分・・はい」
「煮え切らないわねえ。ねえ、コーシュカ?同情は、恋とは違うわよ」
椿さんは相変わらず鋭い。
だけど、思い合うことから始まる関係だってあるはずだ。鳴海さんのそばでゆるると僕の中に沸きだす情がある。これもたしかな愛だと思うから。
「――僕は鳴海さんが好きですよ、あの人の黒曜石のような瞳は底が見えないくらい深くて。悲しくて。だから僕は」
だから僕はほんの少しだけでもあの人を暖めてあげたいだけ。僕が『月の化身』だというならば、北風と太陽のようにマントを脱がせてあげられないかもしれない。所詮、太陽の光に反射して輝くだけの微力な熱量しか持たない。
こんなあやふやな言葉は椿さんには伝わらなくても、僕ら二人そうして幸せになれればいいのだ。
僕がにっこり笑うと、椿さんはちょとため息をついて
「あなたは大切な私の息子よ。あなたの幸せだけを願っているの」
と、わざわざカウンターを回って僕をそのふくよかな胸に掻き抱いた。
「もう、椿さん、降参降参!大丈夫、幸せだもん」
僕らがカウンターでじゃれていると、開いたドアからエレベーターホールの明りが差し込んだ。
「あら、珍しい、センセ、うれしいわ、忘れないでいてくれたのね」
泰三先生が僕の隣に腰掛ける。
「ママ、ごぶさた、なかなか仕事が抜けれなくて」
「言い訳はいいわよぉ、デートの目撃談が飛び交ってるわよ」
「ああ、ばればれかあ」
泰三先生は照れくさそうに鼻を掻いて笑った。
「もういやあねえ、先生もコーシュカも、いいかげん当てられっぱなし!」
「ヴラディ・・も?」
「聞いてよ、コーシュカったら、あの!鳴海氏と一緒に暮らしてしてるんですって!」
「まじ?ヴラディ?」
「ええ・・はい」
泰三先生は、黒ぶちめがねの奥の瞳を大きく見開いて僕を凝視した。
「あいつは・・手負いの獣だろう?お前の手に負えるのか?」
カウンターに置かれた右手の指先が机をたたく。
「先生・・。確かに鳴海さんは手負いの獣だと思います。彼の傷は深くていつでも鮮血が噴出しているんです。僕はドクターではないので、彼の傷の縫合は出来ないけれど・・・”手当て”って言うでしょう?何も出来ないけれど寄り添ってその傷口に手を当てて上げられるんです。
あの人は僕に一緒にいて欲しいって言ってくれたんです。あの、ちょうど明日で僕が日本に来て20年になるんだけど、今までね、そんな風に言ってもらったことなかったんですよ・・・誰かに必要とされること・・すごく嬉しいんです。それにね、椿さんも先生も過保護すぎですよ、僕ももう24なんですから、もう大丈夫です・・泣きません」
いつの間にか過ぎた誕生日。来年は鳴海さんと祝うのかな。
「ヴラディ・・お前をこちらの世界に引き釣り込んでしまったことを俺は間違いだったと思っているんだ、本当のお前は夜の店より昼の太陽の下のほうが似合っていたのに・・」
「先生、僕は後悔していません・・・卑屈で鬱々と人を羨んで以前の自分に戻りたいとも思わないんです・・僕は幸せですよ」
僕はにっこりと笑ったけど、先生は目を細めて僕の頭をぐしゃぐしゃとなでた。
僕は本当に幸せなんだけど。どうして先生はそんなに心配そうな顔をするのかな。
「もう、コーシュカったら・・・幸せになるのよ」
椿さんはちょっと涙ぐんだ。
薄いグリーンのカクテルを、そっと僕の前にエイジさんが滑らせた。
「20周年のお祝いです・・コーシュカのイメージで。オリジナルです」
「あ、ありがとう」
僕はエイジさんの心遣いがうれしくて、椿さんの気持ちが嬉しくて。
「このお店大好き。ここは僕の帰る家だよね」
って言ったら、二人とも大きく頷いてくれた。
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明日は数年ぶりの健康診断・・・ちょっとどきどきです。待合にBLマンガは持っていけないし・・。読みかけの「地図男」でも持っていくか・・・。

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