新連載です。
過去の作品は目次からどうぞ♪



多分その日は、生きてきた中で最低で最悪のつまらない一日だった。
その日は、高野 健(たける)にとって、朝からまったくついていなかったのだ。 

だから、その日偶然入った駅裏の飲み屋がその手の店だということもまったく気がつかなかったし、カウンターで一人飲む姿が衆人に観られ検分され、その隣に座る席を虎視眈々と狙っているのが一人や二人ではないことにも無頓着だった。

休日出勤の出先から、直帰するべく駅に向かえばさすがのローカル線、吹雪いてきた雪には勝てず早々に運行停止。仕方なく駅裏のビジネスホテルに宿を取り、裏通りに繰り出したのは22時を回っていた。

土曜の夜だというのにスーツ姿は、それだけで目を引く。中肉中背。良くも悪くも日本人の平均値。
だからこそ、その普通さが新鮮に注視されるのだ。
高野は努力の人だ。
平均で平凡だから、その分、細やかさや口の巧さで世の中を渡り歩いてきた。
けれども今日の高野は、いつでも笑みたたえた口元から自嘲気味に
「馬鹿だよな・・・」
と 繰り返すだけで、一人で酒を飲むばかりだった。


高野の右横に、スーッと近寄るマッチョマンが、ジャラジャラとブレスやネックレスやらを鳴らしこれ見よがしに薄くへばりついている黒いTシャツの下の筋肉を見せ付けながら
「こんばんはー、一人で飲んでるの詰まんないだろ?俺とどう?俺かなり巧いぜ」
と手を握って連れ出そうとしても、じろりとにらんで、手を振り解く。
繰り返し誘ってもまったくの無視に、両手を上げてオーバーアクションで奥のテーブル席に引き返すマッチョマン。
今度は、高野と同じかもう少し小さな少年のような男がにっこり笑って左隣に腰掛ける。
「おにいさん、何飲んでるの?一緒に飲んでもいい?俺、タカシ」
「いくつだ?」
「二十歳だよ」
二十歳という言葉に、視線をそちらに向けると、先ほどから思考のすべてを占めている大学生の弟とだぶる。
「ハタチ・・・子供は嫌いだ・・・俺は一人で飲みたいんだ」
しっしと犬でも払うように手をひらひらさせ再び思考の海に潜る。
それからは誰か話しかけても聞こえぬように、ひとりウィスキーをあおる姿は、孤高の人のようで見る人を煽っていた。


高野は知らない。

20代男性の平均身長そのまま172センチと平均値を少し下回る58キロのほっそりした体系に、スーツがよく似合うこと。
さらりと栗色の前髪が、うっすらと色づいた頬に映えること。
二重まぶたで大きめの瞳の目尻が少し下がりきみなのが、やさしく笑っているように見えること。
ウィスキーに濡れた唇がぽちゃりと赤く扇情的であること。


スーッと冷たい風とともに、店の扉が開くと、真っ白に雪をかぶった男がばたばたと走りこんできた。
「外吹雪いてるよ、結構電車とまってるよ」


くすくす笑いながらの男の声に、何人かがあわてて会計に走り、帰路に着く。
男はコートの雪を払うとばさりと脱ぎ壁のフック掛け、高野の隣に無遠慮に腰掛ける。
「ロックで」

すでにほろ酔いから、酩酊に差し掛かった高野を一瞥すると、驚いたように声を掛けた。

「あれ?高野さんじゃないですか?」
「・・んあ?・・あんた誰?」
「誰って・・・ひどいなあ、今日一緒に不良品の心電図チェックしたじゃあないですか」
「・・・ああ?あんとき居たセンセ?」
「そうそう。こんな場所で会えるなんてうれしいなあ。」
「・・・なんでぇ?」
「え?だって、高野さんもこっちの人なんでしょ?」
「・・・・・あ?こっち?・・・・・俺んちはもっと田舎だよ。電車止まっちまっただけ」
「はぁ・・・・?えっと高野さんって」
そういいながら、高野の左手を手に取ると、薬指にはめられている約束のしるしをなでる。
「高野さんて・・・バイ?」
「ハイ?」
「えっと、ヘテロ?」
「何それ・・・・医学用語?」
「あああーーもしかしなくてもノンケ?」
男は、カウンターの偉丈夫なバーテンダーを見上げる。
「・・・どうも迷い込んだようですよ」
「なるほどね」



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高野健がワキで出ている作品↓
<きのう見た夢 全12話>
続編<キューピットの憂鬱 全2話>(高野の『最低で最悪のつまらない一日』の当日の話です♪本編とあわせてお読みいただくとうれしいです)



いや実は・・・まだ何も決めていないままのスタートです。
このご健がどうなっていくか・・・。
よろしければ、しばらくお付き合いいただければうれしいです。


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男はバーテンダーに話しかける。
「彼、いつ来たの?一人だった?」
「そうですね、1時間くらい前でしょうか・・一人でしたよ。ずっとこの調子で一人で煽ってらっしゃいますよ」

「高野さん・・・高野さん、あのね、もうかなり酔っ払ってますよ、送ってあげるからそろそろ切り上げませんか」
「うるさい・・・俺は飲みたいから」
「もうっ、仕方ないなあ、宿だけ教えて下さい、忘れないうちに」
「あー?どこだっけ?あ・・・そこのーー第1ステーションホテル・・・・」
「OK,じゃあ付き合ってあげますから一緒に飲ませて下さいね」
「おれはー、一人でいいのっ」
「何言ってるんですっ、あのね、ここはあなたのような人が来る場所じゃないんです。その調子だとお持ち帰りされても文句言えませんよっ」
「はぁ?・・・女じゃあるめえし・・・」
「・・・・・・・だからじゃないですか」
まったく分かってないな・・・とため息をつきながら。


高野さん、すごく色っぽいんだよ。



「高野さん、どうしたんです?奥さんとでもけんかした?」
男は高野の左薬指をなでる。細くて長い指に約束の銀色の環が光る。
結婚している男の悩み事といえば、奥さんの愚痴か自分の秘め事が相場だ。
「あー、エミ?エミはいい女だよ〜、明るいし、料理は巧いし・・・だからーエミはぁ、愛しちゃってるわけよ、ボクはぁ  ちゃんとぉ・・・・・・・・・」
高野がそれに・・・と続けようとしたとき、グラスの隣においてある携帯が鳴り出した。ドラゴンボールだ。似合わない。
「高野さん、鳴ってますよ、電話電話」

「あーーなんだぁワタル・・雪?うーん大丈夫・・駅裏のビジネスとったから・・・ええ、飲んでますよー・・おまえさぁ、追い出したのおまえだろっ・・いいよもう・・・お前の勝手にしろよ・・・・ああ?何?幹?・・ああ幹篤秀・・・・・・・」
高野は横の男にいきなり電話を投げよこす。
「ボクはあ、今ね、こいつの声聞きたくないの・・・用件聞いてて?」
というと、ぱたりとカウンターに突っ伏す。
「ええっ、ちょっとちょっと!」
『あー、タケル!ちょっとタケル』
「すいません、お電話代りました。今一緒に飲んでます、S大病院の・・・あのー幹さんて・・・ああ、やっぱり、え?ええ?分かりました、伝えときます」
ふぅ というため息とともに、携帯の画面を閉じる。
「高野さん・・・幹さん謝ってらっしゃいましたよ、幹さんと何かあったんですか?」
高野は顔を上げると、にっこり笑った。泣き出しそうだ。
「なーんにもねえよ・・・謝る必要もねぇ・・・・・・・バカなのはオレだから・・・」
そう言い、ウィスキーを一気に煽った。
男は、携帯の着信履歴を確認する。 

『高野 渉』

「・・・ワタルってのは」
「・・・ん?渉?・・・ボクの弟ですよーボクがさ赤ちゃんのときから育てたの・・・オムツも替えたし・・今21かなぁ・・・いっつも俺の後くっついてー・・・・・・でもさぁ、もういっぱしなわけよ・・・お兄ちゃんはもう要らないのさぁ」
「そっかー、高野さん弟さんが好きなんだね」
「そうそうっ・・スッキですよぉ・・・目の中に入れてもいいわけよ・・・こうさぁ、超かわいいのさぁ・・・ああ、うそうそ・・」
隣の男に抱きつきながら、くしゃくしゃと男の頭をなでる。
「ワタル・・・ワタル・・・」
高野はすでに抱きついている男が誰かの認識はなく、目の前にいるのは自分の弟だと錯覚している。
「高野さん・・・かなり酔っ払っていますね、そんな風にしてるとキスしますよっ」
「んーーー、ワタルとキス?出来るわけねぇだろ・・・おまぁ弟だぞ・・・・それにお前には幹がいるだろうが・・・・・」
ぎゅうぎゅうと抱きしめながら、ぶつぶつつぶやき続ける高野。
その酔っ払いのつぶやきだけで、男にはすべてが飲み込めた。

せつないな、と思う。


こちらでは、ままあることだ。
男と女じゃないから告白も出来ない。永遠に友達の地位をキープし続けるかいっそのこと、告白して『汚い』と言われて振られるか。
ましてや弟だとなおさら。

そして、その掌中の珠を。

持っていかれたのだ。

友人に。

男に。


「ワタル・・・ワタル・・・」
もはや、高野の意識はすでに飛んでしまって寝落ち寸前。
「高野さん、帰りますよ、ほら立って」

男は二人分の支払いを済ませ、よっこらしょと肩を抱き高野をせかせつつ200メートル離れたビジネスホテルに向かった。


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高野健がワキで出ている作品↓
<きのう見た夢 全12話>
続編<キューピットの憂鬱 全2話



GWが終わりましたね。といっても物語りは2月末です。「キューピットの憂鬱」のその日の夜のお話です。気になる方は前作を読んでみてね^^。拍手、コメントありがとうございます!励みになります〜

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駅裏のビジネスホテルのシンプルな一室。
狭いシングルベットに何とか高野を横たえる。

コートを脱がせ、スーツのボタンを外す。抱き上げて、背中から一気に上着を脱がしても高野はすでに泥酔してまったくなすがままだ。
ベルトを外し、スラックスを脱がせる。
しわにならないように椅子に掛けて、今度はネクタイを緩め、襟元を広げる。


高野は時折、煩そうに手で払ったり、薄目を開けて見やるが焦点が合っていない。
そっと寝かしつけて、部屋を出ようとすると
「ワタル・・・」
と呟やき、ギュッと男の手を握り締めてきた。


「ふー、酔っ払いの天然は怖いよ・・・」
そっとベットサイトに腰掛け、反対の手で髪を梳く。
頬をなで、指先で唇をなぞる。
呼吸のために薄く開かれたその間にそっと指を入れると、高野はちゅうちゅうと吸い付いてきた。


「た、たかのさん・・・?」
「高野さんは・・ノンケなんでしょう?無意識でそんなことしないでよ、惚れてしまいそうです・・・」
男はぼそりと呟く。
営業焼けとでも言うのか。手の甲や、顔色や首筋は、程よく日焼けしているというのに、はだけた襟元から覗く肌理細やかな色白の肌。
ごくりとつばを飲むと、男は高野の鎖骨に顔を近づけた。

「高野さん・・・・飲み代くらい徴収させてもらいます」
耳の後ろに目立たぬように吸い付きマークを付ける。鎖骨には残さぬようにぺろりと。

「うーー、やばいな、やめられなくなりそう・・」
すっと、口に入れたままの指を引き抜き、硬度を持たない股間に手を伸ばし黒のボクサーパンツの上からそっとなでて、更には中に手を入れてちょっとだけ確認作業。やさしく扱くと少しだけ形を変える。

握られた右手を、下着にもぐりこんだ左手を、両方とも引き抜いて顔を覆うと、男はぱしんと自分の頬を叩き名残惜しげに呟く。
「・・・高野さん、高野さん・・・もうさ、こんな風に飲んで泣いてはだめですよ・・・奥さんがかわいそうです・・・ワタルくんはあなたの手から飛んでいったんでしょう?もう戻ってきません。・・・・・・・僕は帰りますけど・・今度一緒に飲みませんか?来週の金曜日、19時さっきの場所で・・・覚えていたら来てくださいね?」
酔っ払いに約束なんて無理なことをと思いながら、それ以上ここにいては自分を抑えられないことに気づき男はそそくさとドアを閉めふーと大きく溜息をついた。

「あああ。なんていい人なんだろう・・・自分」
がっくしと頭をたれて。




翌朝目覚めた高野には夕べの記憶は皆無で、どこで誰と飲んでいたかすら覚えてはいなかった。
ただ、あんなに苦しかった割り切れない思いが、たかが酒の力でまるで過去のもののようにすとんと気持ちの底に落ち着いてしまっているのが不思議だったのだ。



チェックアウトを済ませると、あわただしく電車に飛び乗る。
郊外の自宅で、出来ちゃった結婚の朗らかな妻とようやくはいはいを始めた愛らしい娘が待つ家に。
さあ、帰ろう、と。             





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高野健がワキで出ている作品↓
<きのう見た夢 全12話>
続編<キューピットの憂鬱 全2話



高野さん、かなりぼけキャラのようです・・・コメント、拍手ありがとう♪今日の更新の糧になります^^

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高野は努力の男だ。

「やっていないよ」
といいながら、朝まで試験勉強をした。にっこり笑って、トップ10からずり落ちない努力を必死でしていたちょっと卑怯なタイプ。
努力は報われる。結果、県下では有数の有名私立高校を卒業し、都内の有名私立大学を卒業し、一部上場の有名?医療品会社に就職した。


高野健はブラコンでもある。自覚あり。 

6才まで共働きの父母に変わって祖母に育てられた。そこにひょっこり弟が出来たのだけれど、やはり渉も祖母に預けられ、寝る頃に帰ってくる両親の変わりに、祖母と一緒に育児をしたのが健だった。
その祖母は、渉の2歳の誕生日が過ぎてすぐに亡くなったのだが、育児にノータッチだった両親にしてみれば子供はかわいいが育て方が分からない。と途方にくれたとき育児を買って出たのが健だった。
齢9歳にして、2歳児の弟のオムツは換える、保育園の送迎はする、作りおきの夕飯をチンして食べさせ、お風呂に入れて絵本を読んで寝かせる・・・まさに完璧に近い母親業をこなした。 
ゆえに、健にとって渉は目の中に入れても良いほどかわいくてかわいくてまさに掌中に珠。

そしてそのかわいい弟の存在が、高野を苦しめ始めたのはいつの頃からだっただろうか。

・・・・・・多分、自慰を覚えた頃だった。

そしてそれを自嘲気味に話したのは10年も経った頃。
誰にもいえない思いを初めて口にしたあの日、もうすぐ6年になる。
高野が社会人となり家を出て、渉が高校に入学して・・・会社の友人たちと行く旅行につれていって決別したあの日。
誰にも話したことのない思いを、親友の幹にだけ話した。




「いっつも俺の後ろくっついて、一生懸命走ってくるんだ、そのたびに転んで泣くのに。」

「こうさ、彼女を紹介するでしょ、そうすっと、渉がちょっと悲しそうな顔をするわけよ。それだけで俺、女捨てられちゃうの」

「冬になると、寒いからって俺の布団にもぐりこんでくるんだよ、それがね、俺ちょっと苦しかったりして・・・」

「どんな美人より、渉のほうがかわいく見えちゃうって・・・やばいっしょ」





高校・大学時代はコンパに行きまくった。
平均日本人的高野がコンパで目立ち、なおかつ勝者になるための努力も惜しまなかったから、高校生の頃から付き合う相手には事欠かなかった・・・反面、高野のサイクルはもって3ヶ月だったので・・・。渉が気に入らなかったらおしまい、そんな付き合いしかしていなかったので。

「俺って究極のブラコン」が口癖だったあの頃。



高野は知っている。
努力ではどうにもならないことだってある。

入社してはじめて出来た友達は185センチの逆三角形の見事な体躯に、彫り深い鼻梁はスーッと通り、切れ長の目は合うだけで女を落とせるという特技を持っていた。
『幹 篤秀』という男は、高野の正反対で無口なくせにしゃべるときはさらりと的を得ているので誰からも一目置かれる存在。
その彼が、高野にだけは懐をゆるしてシニカルな笑みを浮かべながら高野の話に相槌を打つ。
あの旅行の日に決めた恋人のエミとの仲をいつも心配して、常に間に立ってくれたのも幹だった。だから5年も続いたというか。
そこに愛はあるのか?と聞かれれば確かに愛し合っている自覚はあったので、子供が出来たのを期に、長き春に終止符を打ち結婚したのが去年の5月。

だから。
『究極のブラコン』も辞めたつもりであったのに。
事実を目の前に突きつけられると、悔しさや寂しさや苛立ちが脳内を占める。


幹はいい奴だ。本当に。いい奴だ、いい奴だいい奴だ。かっこいいだけじゃなくて人もいい。
渉があんなに嬉しそうだった。渉が幸せならそれでいいんだ。
俺が引き合わせたんだ。だからいいんだ。

「俺様、ブラコンだから」

心配なだけ。そういって自分の気持ちに蓋をする。




ワインは年数を掛けて熟成される。
ゆったりと、ゆったりと。醸し出される香り、味わい、そしてアルコール。



押し込めた気持ちは知らない間に醗酵し熟成され、高野が纏う衣になった。




ごくごく普通の平均的日本人。
だけれど、ちょっと人より大きめのたれ目がちの瞳がにっこり笑えば、女性は頬を赤らめ、あちら方面の男性は『同類』の匂いをかぎつける。


だから高野の結婚は、本人がまったく感知せぬところまで社内外に衝撃が走った。



高野は妻子を愛するまったく普通の家庭人になったけれど。

ああのんきだね、おにいちゃん。
のんき≠ノンケは同義語ではないのである。




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高野健がワキで出ている作品↓
<きのう見た夢 全12話>
続編<キューピットの憂鬱 全2話



今日の高野さんのお話は「きのう見た夢」に詳しく書かれています♪よろしければそちらもあわせてどうぞ・・・コメント、拍手めちゃ嬉しいです♪今日の更新の糧になります^^

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「あーー、健・・俺さ、今日S大付属行くけど。一緒に行かないか」

あの日から1週間、隣のグループの幹が恐る恐る声を掛けてくる。
高野はなんだか笑えてしまった。
「お前、なにびびってんの?」
幹の運転する営業車の中で、高野がちょっと意地悪く質問すると幹はむっつりと黙り込んでしまった。

「あのさあ、もう、いいよ、何でそうなったなんて。お前がさ、家に連れ込むってことは・・・遊びじゃないんだろ?あいつはさ、打たれ弱いから」
通り過ぎる車窓の風景に視線をそらしながら高野は続ける。
「すぐ風邪引くし、いじけたら長いし、風呂でのぼせるし、しいたけ食べれないし、注意散漫で飛び出すし、アイス食べ過ぎて腹壊すし---んー俺ちょっと甘やかしすぎたからさ、まあな」
「・・・・健・・・すまん」
「・・・・くそっ、チクショー!大事にしろ!」
「・・・了解」
赤信号で深くうなだれる幹。
  

高野たちの勤める会社は、脱脂綿から大型の手術機材、・アンギオグラフィー装置などの検査器具まで幅広く取り扱う業界最大手だ。
彼らは主に大型の検査器具部門の担当をしている。
営業技術職の二人は、億単位の売り上げを競うトップセールスマンでもある。特殊機材が多いため、高度なスキルが要求され営業から機材設置、メンテナンスまで一通りこなさねばならない。個人病院と違い、総合病院や大学病院などでは各科のドクターたちとも親交を深める必要がある。

S大付属病院は都内でも有数の大学病院で、幹や高野も定期的に訪れるわけだが、二人セットでの訪問は、特にナースたちの間では「硬の幹・軟の高野」と評判も高い。
特に昨年高野が結婚してしまってからは独身の幹への羨望のまなざしはどの科にいっても熱いものがある。
外科外来に行くために内科を横切ろうと緑の誘導ラインに従って歩いていると、前方から白衣を着た二人組みににこやかに話しかけられる。

「こんにちは、幹さん、高野さん」
「お世話になってます。秋元先生・・ズ」
「高野さん、その『ズ』はやめてくださいよー」
幹と同じくらい大男の産婦人科医の秋元泰三(たいぞう)と、高野とそれほど変わらない小児科医の秋元大将(ひろまさ)がさり気に行く手をふさぎ、二人を足止めした。
30代半ばの黒縁眼鏡の泰三先生と20代後半の銀縁眼鏡の大将先生は、いとこ同士でその親族はほとんど医療従事者であることは有名だ。
二人の祖父はこのS大付属病院の理事長でもあり、大将の父親は事務局長もしている。
高野たちにとっても大事なお客様なのだが、高野は少しばかりこの二人が苦手だった。
いつもくすくす笑って、本心が見えない。

「先週は土曜出勤していただいて・・・心電図チェックのお付き合いありがとうございました」
「いいのいいの、高野さんに会えるんなら休日出勤なんてへでもありません、なあ」
「なあ」
と秋元ズ二人で相槌をうつ。
「いつもお二人仲良いんですね」
と幹。
「そうそう、『兄弟』のようでしょ?泰三にいちゃーんとかわいいかわいい弟のヒロマサくん」
大将先生が、意味深に笑いながら高野を見つめる。
「高野さんは幹さんの弟のように見えますよ」
と泰三先生が高野の頭をイイコイイコとなでる。

実はこのとき。
幹の額は汗がたらりと流れていた。2月だというのに。
先日、高野と一緒に飲んでいた「S大付属の秋元」先生はどちらなんだろうと。
いやいや、この様子だとすでに二人の共通の話題と化している。
『弟』を連呼するあたり、知っているとしか思えない。


高野は二人がいつもこうやって揶揄ってくるのを、はははとカラ笑いで受け流すのだ。
「あの心電図ももうかなり方も古いですし・・・そろそろ買い替え時だと思うんですが・・・」
「そうですねー、予算の時期だし事務長に話して見ますね」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、それじゃあ今夜一杯どうですか近くにイイ店があるんです、泰三先生が切り出し高野の肩を抱いて自販機コーナーに向かう。

「ええと・・・私は・・あれ?約束が・・・?」
高野はあごに人差し指を当てて考える。なんだろう、大事なことを忘れているような気がする・・・?
「どうされました?高野さん」
覗き込む3つの顔。
「お誘いありがとうございます、私はちょっと用事があるので申し訳ありませんが・・・」

いらいらしながら脳内の検索する。
−−今度一緒に・・・・・・・週の金曜・・・・・時さっきの場所で・・・

ひっかっかる言葉の羅列。
誰と話したのか?金曜日ってやっぱり今日?何時に行けば?それより場所はどこだ??
分からない事だらけだ。

「あああーもういい!」
うだうだ考えるのは面倒。待っている誰かは高野が行かなければ電話の1本も寄こすはずだ。
「ま、いいっか」
短純短絡O型人間の高野の最後の決めせりふはいつもこれだった。

まあ、いいや。

飲みは幹に任せて、高野は家に帰る。まだまだ寒さ厳しい2月。
家の窓はやさしく明かりが灯り、台所からおでんの匂いが漂う。

今日も高野はよき父よき夫。



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続編<キューピットの憂鬱 全2話



どうも巧くまとまらず・・・うーんうーん。どうしよう・・・コメント、拍手めちゃ嬉しいです♪今日の更新の糧になります^^

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高野が愛娘をお風呂に入れている頃。

幹は秋元ズと一緒に飲む羽目になっていた。
いったん営業車を会社に置き、待ち合わせた居酒屋は自宅から歩いて10分。S大付属病院の最寄の駅でもある。
泰三先生は大柄で筋肉質な体で、豪快に笑う男らしさが売りなのにたいして、いとこの大将(ひろまさ)先生は銀縁の眼鏡越しにやさしく微笑むスマートさが売りだ。
対照的に見える二人だが、いとこ同士ということもあり気が合うようでよくつるんでいるのを幹も見かけた。
産婦人科で赤ん坊を取り上げる大きな手の泰三先生は、安心感を与えてくれる。
小児科で小さな子供に優しく笑顔をむけて子供に分かる言葉で話をする大将先生は若いながらも親からの信頼も深い。


だけれど、二人には自分の子供を抱く日は来ない、多分。


居酒屋で腹ごしらえをすると、3人は駅裏の路地へと向かった。
一見見逃しそうな黒いドアを開け、奥の丸テーブルを占領する。
「えっと、ここは?」
「この間ね、高野さんが迷い込んだ店ですよ・・・ゲイバー」
「え?」   
「もうばれていますよ、幹さん」
くすくす笑いながら、大将が続ける。
「僕たちとご同類でしょ?この間、高野さんがこぼしていましたよ、弟を幹さんに取られたって」 
「いや、その・・・」
幹が言葉に詰まると泰三があごをなでながら幹に話しかける。
「意外だったな。幹さん、うちのナースたちとも結構遊んでたでしょ?バイなんですか」
「いや、その・・・」
「幹さんは高野さんは好きなんだと思ってましたけど、何故に弟?」
たまにしか出向かない取引先であるのに、かなり深く核心を突いて観察されていたことに幹はどきりとした。
「・・・いろいろありまして・・・」

すでに幹はしどろもどろで、秋元ズの酒の肴にされているのだった。


さてここからは、大将先生と泰三先生の会話になる。幹が割り込む隙もなく、ただ二人の会話を呆然と聞いていた。

「高野さんは去年結婚されたんですよね・・・惜しいな」
「ヒロはああいうのが好みか。確かにかわいいな、からかうとちょっと赤くなるところとか」
「泰三から見たら、誰でもかわいいんでしょう。彼は、かっこいいですよ、背筋をしっかり伸ばして歩く姿とか。先週も心電図の不具合を見てもらいましたけど、ワイシャツ捲り上げて真剣に調整しているんですよ。その横顔がね、普段口の滑らかでやさしげな分ギャップがいいというか。仕事に真剣な男っていいね」
「高野さんは自覚なしで、フェロモン振りまいてるからねぇ、にっこりされると俺でもふらふらついて行きそうになるからなあ」
「そうそう、女の子も夢中になるけど・・こっちの人間もやばいって・・・彼、ずっと弟が好きだったみたいですよ、だからかな、抑制された想いが伝わってくるんだよね」


「幹さん」
いきなり話を振られ、幹はどきりとする。
「幹さんの彼は、高野さんの弟なんでしょう?まだ大学生とか。高野さんに似てるの?似てるから付き合ってんの?」
「いや!いやいや!顔立ちはまあまあ似てますけど。似てるから付き合っているわけじゃないですよ!健と渉はぜんぜん違うから」
「へー、渉クンっていうんだ、見てみたいなぁ」
「だ!だめです!あれは俺のもんですっ!お二人になんて紹介できません!!!」
焦って答える幹に、泰三は膝を叩いて笑った。
「幹さん、遊びじゃないんだねえ、真剣交際中?いいなあ。なかなかさ、こっちの世界ではそういう相手を見つけることが出来ないんだよ、そういう俺らもただいま募集中だし。ヒロなんて、いつもノンケを好きになって告白すらできずに終わって、泣いてばっかだよな」
「泰三は失礼だな、まあね、俺、普通の人が好きなの、普通にメシ食って、普通に会社行ってお日様の下が似合う奴・・・・高野さん、何で結婚なんかしちゃたんだろ」
ポロリとこぼした言葉に、大将の本音が見えた。

「幹さん、このお店はね、いいですよ。発展場じゃないし。まあ、一人でいれば声を掛けられるけども。彼氏連れにもね、優しい店だから。外で飲み食いって周りが気になるでしょ。僕はね、彼が出来たらここのマスターに紹介するのが夢」
泰三が大将の背中をぽんぽんと叩く。
「・・・告白前に失恋しちゃったな、バカだなヒロは」 

大将の失恋相手。
それはまさに、数ヶ月前に幹が大失恋した相手でもある。そして、あの日渉を拾った。


世渡り上手でよく気が利くくせに、心の端っこにかたくなに壁を作っていた男。
5年付き合った彼女と出来ちゃった結婚した男。
弟と娘を溺愛している世話好きな男。
誰にでもフェロモンを感じさせる天然男。

その日、高野は店には現れなかった。



   
 
   
   
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泰三先生と大将先生の秋元ズ、よろしくです♪なんとなく前途が見えてきました。拍手コメありがとうございます!とっても嬉しい^^

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『釣った魚に餌はやらない』
とはよく言われる慣用句であるが、高野の場合はその真逆だった。
5年続いたエミとの交際は、つかず離れずの社内恋愛で、それぞれがコンパに出かけたり新人社員にちょっかいを出してみたり、ほどほどに遊びながら<とりあえず>キープとしてのお互いの存在。
そして5年目、エミが『出来ちゃった、どうする?』と聞いてきた時点で、結婚しようということになり、急遽結婚したのが昨年5月。
10月には子供が生まれ、今では子煩悩で妻一筋の家庭人に納まってしまったのには、周囲はもとより妻のエミ自身にも驚きの事実だったりする。

高野は子供が好きだ。
弟を自分の手で育てた自負もある。そして今度は己の血を引くほやほやの赤ん坊が手に入り、めらめらと父性本能に目覚めてしまった。
「今日どう?」と飲みに誘われても、接待以外は出歩かなくなったしましてや、コンパなんて今ではありえない。
「ちょっと、こんな俺ってどうよ?」
とは思うものの、家庭の持つ魔力にはかなわないのだ。まさに新婚さんいらっしゃーい状態。
高野の妻のエミは二つ下の26歳。ちゃきちゃきの江戸っ子だ。下町の商店街で育ち、喧嘩っ早いが人情もあり、会社でも姉御肌で通ってきた。
「健って笑えるっ!もうさ、会社辞めて主夫する?あたしより料理巧いし、掃除できるし、子育てだって。あたしって楽チン!いい亭主もらったわー」
「それもいいが、俺には乳がでないっ。くっそー!父親ってぜってー損!」
笑いながら、夕食を囲む日々。
穏やかな日常が過ぎる。



幹と渉のことを知って3週間が過ぎた。
冬の最後の雪が降っていたあの日が遠い過去のように、暖かくなった風に春を感じる。
金曜日ごとにそわそわしてしまうのは、耳の奥でいつまでも染み付いたように残っている声のせい。−−今度一緒に・・・・・・・週の金曜・・・・・時さっきの場所で・・・
思い出せないもどかしさ。
「高野さん、ボーっとしてどうしたの?」

年度末の予算を勝ち取るために、日参していたS大付属病院。
夕方の外来は閑散としていて、廊下の電気もほとんど消されている。大きな商談がまとまったついでに、保守点検も怠らない。
「あ・・・大将先生・・・すいませんっ」
「ふふ、ボーっとしている高野さんもいいですねぇ、子供のような顔をしてましたよ」
「う、笑わないでくださいよ、ちょっと前にね、誰かと金曜に呑みに行く約束をしていたんですけど・・・どうしても場所も時間も誰かも思い出せないんです・・・これってヤバイですかねえ?アルツハイマ?」
大将は大きく目を見開いた。といっても眼鏡越しには分からなかったけれども。
(あ、覚えてるんだ・・・)
瞬間、顔の温度が上がるのが分かる。

「い、いや、アルツじゃないでしょ。きっと重要な約束じゃなくて、忘れてもいいようなものだったんですよ、それにほら、もし接待だったら確認の電話なんかあるでしょうし、コンパだったら一緒に行く人がいるでしょうし」
「そうですよねぇ・・・うん。きっと電話来ますよね・・・・・でも今日だったら困るな・・・」
「何でですか」
「あ・・いや。今日私の誕生日で。妻がケーキ作って待ってってくれるんです」
「そりゃ・・・おめでとうございます。おいくつになられたんですか?」
「えぇと、27じゃなくて28です」
「え?え?ええ?」
「なんすか?」
「僕より年上だとは思わなかったです・・・僕27で。ひとつ上なんだ・・・なんだかちょっと悔しいんですけど」
「大将先生がふけてるんでしょ」
「うわっ、童顔に言われるとは!僕はふけてるんじゃなくって歳相応なんですっ。そっかー誕生日ですか、何かお祝いしたいなあ、高野さんにはいつもお世話になってるし」
「いやー、お気持ちだけいただきますよ」
「じゃあ、来週の金曜日、約束の誰かの変わりに・・・飲みに行きませんか?」


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大将先生はふけ顔の純情さんらしい・・・最近更新が遅くってごめんなさい。書くより読むほうには待ってます^^;面白い小説多すぎ!っ

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「お待たせいたしました」

『約束した誰かだと思って』
と切り出された、誕生日プレゼントだという飲み会。
秋元大将・・・S大付属病院に勤める若い医師は、ニコニコと笑いながらそう言ってくれた。
「約束を履行してしまえば、金曜日の憂鬱から開放されると思いますよ、高野さんは僕と約束したんだって、きっとね」
部下に捕まり約束の時間を少し送れて駅に着くと、すでに大将は西口広場前のモニュメントにもたれて高野を見つけると足早に駆け寄ってきた。
いつもの白衣姿とは違う、ベージュのコートと黒のスタイリッシュなスーツに身を包んだ大将は『ふけ顔』だなんて今日は言わせないぞという意気込みがあふれているようだ。
「先生、白衣を脱ぐとイメージが変わりますねー」
高野が見惚れていると、銀縁の眼鏡越しに、微笑んだ気がした。

小さな小料理屋の座敷で相向かいに座ると、古くからの知り合いのように膝を崩したわいもない会話でほっと一息をつく。
そういえば。結婚してから、こうやって誰かと個人的に飲みに行くのは久しぶりだな、と高野は少しだけわくわくしていた。
今日は、妻子は実家に帰ってシンデレラタイムの心配もしなくて良い。



「高野さん、28歳おめでとうございます」
とりあえずビールで乾杯と大将は大きく腕を上げて、ジョッキをカチンと鳴らす。
「あ、ありがとう。まあ、おとこが誕生日祝ってもらうのもどうかと思うんですが・・・」
「まあ、いいじゃないですか、高野さんが生まれておめでたい日なんですから」
「はぁ」
なぜ、自分の誕生日が大将にとってもお祝いするくらい嬉しいのか高野には理解が出来ない。
大将はにっこり笑うと
「高野さんと飲めて嬉しいです」
と付け加えた。
熱燗を注文し、メバルの煮魚や揚げ出し豆腐など素朴な定番メニューに舌鼓を打つ。
「おいしい」
「でしょ、ここ、ドレッシングまですべて手作りなんですよ、僕は一人暮らしなんでよくここで夕飯をいただきます」
「あれ?ご家族と一緒じゃないんですか?」
「いい年になって同居はね、この近くにマンション借りているんです。今日はつぶれても大丈夫ですよ、我が家のソファー、高野さんになら!提供しますから」
「ははは」
口当たりのいい熱燗は、食欲を増進し注がれるままに杯を重ねると、高野は酔いが回り始めろれつも危うい。

高野の口から語られる、妻のこと娘のこと弟のことを、大将は時折相槌を打ちながら聞いている。
「エミはねー江戸っ子だからちゃきちゃきでさぁ、そこがいいんだよね〜。愛チャンはね、抱き上げると俺のほっぺたぺちぺちしてにかって笑うのさ、それがサー、また渉そっくりで・・」
愛するもののことたちを、さも誇らしげに語る高野の顔を大将はうっとりと眺め。
好きな人が、幸せな話をしているそんな顔を見るのがたまらなく好きなのだ。たとえそこに自分が登場しなくても。ああ、なんて自虐的。



「そーだ、今日はぁ、大将せんせが約束の人なんですよねー。どーもどーも。」
酔いは脳を覚醒するのだろうか、忘れてしまったはずの約束が高野の口から語られる。
「そーだ、あの店行きましょ〜なんだっけ?ショットバー・・・?」
「・・・・この間飲んだとこですね?」
「そうそこっ!」

高野はすでに千鳥足であったが、間違いなくあの路地裏に歩を進めた。
「えっとどこだっけ?ああ、あったあった、コーシュカコーシュカ」
目立たない黒いドアには「コーシュカ」と細いカタカナで銘がある。その下に小さく MENS BAR とあるのには高野は待ったく気がついていないけれども。




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ノンケ大王・・・

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『コーシュカ』は薄暗い店内に、カウンターと、店の奥に丸テーブルが3つあるだけのこじんまりとした一見普通のショットバーだ。
だから高野は気がつかない。
店内にいるのが、男性客だけという事に。


高野は長身のバーテンダーにギムレットを注文し、おいしそうにひと舐めした。
「せんせーはどうして、小児科医になったんですか?」
なにが面白いのか、くすくす笑いながらたずねる。
「高野さん、笑い上戸ですね。。そうですね、まあ、親族に医者が多いのもあるんですが、一番は子供が好きだってことかな。去年ね、臨床研修をやっと終えてどの科を専門にするか考えたとき、やっぱり小児科しか考えられなかったんですよ。いまどきは小児科は人気がないんですけどね。町医者になりたいんです」
「へぇ、せんせい、子供が好きなんだ、子供はいいよね、俺も子供大好き。じゃあ、さっさと結婚して自分の子供を持つっていうのはどう?」
「うーん、それは無理ですね」
「どうして?」

大将はウィスキーのロックを飲み干すと、ぎゅっとテーブルの上で手を握り締めた。
「・・・僕は、ゲイなんです。女の人は抱けません。真性なんで」

「・・・そーか。大将先生もゲイなんだ。・・・世の中流行ってんの?俺の弟も俺の友達と付き合ってる」
「・・・許せませんか?」
「うーん、かなりショックだったけど・・・。なんていうか、俺二人とも大好きなんだ。弟は俺が育てたし。だからさ、俺の弟を取られてチクショーって思うけど、あいつのさ、泣き顔とか見たくねえし。あいつさ、笑うとめちゃくちゃかわいくて・・・・・でも、俺じゃないとこ見て笑うのは悔しいな、やっぱ」
「笑い顔がかわいいのは、高野さんもでしょ、高野さんが僕を見て笑ってくれるから今日は嬉しいです」
「かわいいてっ、せんせー、それは年上を捕まえてどうかと思うよぉ。かっこいいって言い直してっ」
「はいはい、かっこいいですよ、高野さんは、怒った顔もかわいいですけど」
なんじゃそれ、と言って高野は声を出して笑った。大将のカミングアウトをさらりと受け流して。

そしてポツリと呟く。
「マジな話さ、好きな奴が男だろうが女だろうが、その気持ちが本当ならいいんだよ、うん」


高野にとって、大将がゲイであるとかはさして重要な問題ではない。
今まで幹が占めていた『親友』という位置に幹以外の誰かが座ることは考えたこともなかったが、元来が広く浅くあたりさわらずの友人付き合いがほとんどの高野にとってどういうわけか、大将と言う存在は何でも気軽に話せてしまう人間として定着した。

・・・多分それは、前回の荒れまくった泥酔状態の中で心の奥底まで暴露してしまったからだ。高野は忘れてしまっているけれど。



「いやー、今日は楽しかったですっ俺のほうが接待しなきゃいけない身なのに。ありがとうございました」
高野は深々と頭を下げる。
「いやいやいや。僕こそ楽しかったです。また一緒に飲んでくれますか、友人として」
「仕事を離れて!いいですねぇ、今度は割り勘で行きましょう」
頭を上げた高野は大将の目を覗き見て今度は両手で手を握り、嬉しそうににかっと笑った。

駅前で終電に乗るための高野を見送る。

彼は、覚えているだろうか。大将のカミングアウト。酔いが醒めたらそれでも、今までどおりに付き合ってくれるだろうか。
大将の心にずきんと不安が押し寄せる。
3月の夜風はまだ冷たくて、大将はポケットに手を入れると家路を急いだ。





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えっとここで訂正ですっ。以前に高野が28歳になり大将が26歳と二つ違いと書きましたが、医者になる必要年齢を考えたところ、大将の年齢は27歳で高野の一つ年下と言うことになりましたです。スイマセン^^; 大学6年+研修2年、専門科医になって1年目でございます。不勉強でごめんね。そういえば酒の名前も・・・おいしいの?アルコールが苦手な私には未知の世界です。

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「誰が好き?」
「一番好き!」
「大好き!」
「愛してる?」
「誰よりも!」

繰り返し繰り返し、交わされる言葉。地球上におけるほとんどの恋人たちがささやきあった言葉。





桜はいっせいに開花し、春の風に花吹雪となって街を霞める。高野の思考のほとんどは子供の成長だという呑気で安寧な日々。
時々、大将からたわいもないメールが届く。
『おはよう!チューリップが綺麗です』『夕べは飲みすぎて頭が痛い』『教授にしかられた(_ _|||) 』
顔文字交じりで憎めない文章に、高野はもう一人弟が出来たような気分で返信を打つ。
ほとんどが『仕事がんばるように、また飲もう』の定例文だけれど、大将は返事がもらえるだけで嬉しいので、内容はあまり気にしない。
そして、お互いの残業や夜勤がなければ、時々飲みに出向く。

日々は穏やかに過ぎていくーーー。

大将にとってはそれだけでも至福の日々。





薫風にジャケットを腕で抱え、日差しの暑さに青々とした葉桜の下に涼を求めるころ、高野とエミは結婚1周年を迎えた。

子供をつれて、エミの実家に出向くと小さな商店街の一角から賑やかな掛け声が聞こえてくる。
「わっしょいわっしょい!」
子供みこしが波のように通り過ぎると、高野の腕の中の娘がけらけらと笑った。
「さ、私たちも急ごう!今からは本祭り!喧嘩祭りよ、法被着て、サラシ巻いて、横笛に太鼓に・・・そして山車を曳く男衆、女衆、わくわくしちゃわない?私も一昨年までは、あそこにいたのよ。町内会対抗というか、どこが一番威勢がいいかとか。夜店ももちろんたくさんあるし!りんごあめ買って、金魚救いして、ああ射的もしなくちゃね!健は何が得意?」
エミにせかされ、車の立ち入りを禁止し歩行者天国となった神社から伸びる参道に二人で手をつないで向かった。腕の中の小さな娘を抱きしめて。

「俺は金魚救い得意だぞ、まあ見てなって」
「うわっ、なにへったくそっ、だめだって、そんなに水に入れちゃ!」
エミの容赦ない言葉が飛ぶ。
「6匹も取れりゃ上等だよ、金魚鉢買って帰ろうな」
二人けらけら笑いながら、りんごあめを買い、綿菓子を買い、バナナチョコをかじる。
もんじゃ焼きを買いもとめると、エミが
「皿に盛られたもんじゃはもんじゃじゃない!」といやみを一つ。
高野とエミの5年間はいつでも、お互いが好き放題言い合いながら、それぞれのテリトリーを守って進展してきたのだった。


「エミちゃん?」
正面から両手で小さな子供たちの手を引いて歩いてきた大柄な男がすれ違いさま、あっと声を掛けた。
「あー!まーちゃん!えっ、まーちゃんの子供?きゃー、かわいい!」
エミのキャンキャン声が響く。と同時に、きゃあとその男に飛びつくエミ。


年の頃は30代後半、胸板の厚いがっちりした男は照れたように、懐かしむように笑った。





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ようやく話が進展してきそうです。大将と高野、それからエミちゃん。アンケートは「やっぱりノンケ」が一歩リード!健兄ちゃんには家族を守ってほしいのよね、やっぱ^^;

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