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「あーー、健・・俺さ、今日S大付属行くけど。一緒に行かないか」

あの日から1週間、隣のグループの幹が恐る恐る声を掛けてくる。
高野はなんだか笑えてしまった。
「お前、なにびびってんの?」
幹の運転する営業車の中で、高野がちょっと意地悪く質問すると幹はむっつりと黙り込んでしまった。

「あのさあ、もう、いいよ、何でそうなったなんて。お前がさ、家に連れ込むってことは・・・遊びじゃないんだろ?あいつはさ、打たれ弱いから」
通り過ぎる車窓の風景に視線をそらしながら高野は続ける。
「すぐ風邪引くし、いじけたら長いし、風呂でのぼせるし、しいたけ食べれないし、注意散漫で飛び出すし、アイス食べ過ぎて腹壊すし---んー俺ちょっと甘やかしすぎたからさ、まあな」
「・・・・健・・・すまん」
「・・・・くそっ、チクショー!大事にしろ!」
「・・・了解」
赤信号で深くうなだれる幹。
  

高野たちの勤める会社は、脱脂綿から大型の手術機材、・アンギオグラフィー装置などの検査器具まで幅広く取り扱う業界最大手だ。
彼らは主に大型の検査器具部門の担当をしている。
営業技術職の二人は、億単位の売り上げを競うトップセールスマンでもある。特殊機材が多いため、高度なスキルが要求され営業から機材設置、メンテナンスまで一通りこなさねばならない。個人病院と違い、総合病院や大学病院などでは各科のドクターたちとも親交を深める必要がある。

S大付属病院は都内でも有数の大学病院で、幹や高野も定期的に訪れるわけだが、二人セットでの訪問は、特にナースたちの間では「硬の幹・軟の高野」と評判も高い。
特に昨年高野が結婚してしまってからは独身の幹への羨望のまなざしはどの科にいっても熱いものがある。
外科外来に行くために内科を横切ろうと緑の誘導ラインに従って歩いていると、前方から白衣を着た二人組みににこやかに話しかけられる。

「こんにちは、幹さん、高野さん」
「お世話になってます。秋元先生・・ズ」
「高野さん、その『ズ』はやめてくださいよー」
幹と同じくらい大男の産婦人科医の秋元泰三(たいぞう)と、高野とそれほど変わらない小児科医の秋元大将(ひろまさ)がさり気に行く手をふさぎ、二人を足止めした。
30代半ばの黒縁眼鏡の泰三先生と20代後半の銀縁眼鏡の大将先生は、いとこ同士でその親族はほとんど医療従事者であることは有名だ。
二人の祖父はこのS大付属病院の理事長でもあり、大将の父親は事務局長もしている。
高野たちにとっても大事なお客様なのだが、高野は少しばかりこの二人が苦手だった。
いつもくすくす笑って、本心が見えない。

「先週は土曜出勤していただいて・・・心電図チェックのお付き合いありがとうございました」
「いいのいいの、高野さんに会えるんなら休日出勤なんてへでもありません、なあ」
「なあ」
と秋元ズ二人で相槌をうつ。
「いつもお二人仲良いんですね」
と幹。
「そうそう、『兄弟』のようでしょ?泰三にいちゃーんとかわいいかわいい弟のヒロマサくん」
大将先生が、意味深に笑いながら高野を見つめる。
「高野さんは幹さんの弟のように見えますよ」
と泰三先生が高野の頭をイイコイイコとなでる。

実はこのとき。
幹の額は汗がたらりと流れていた。2月だというのに。
先日、高野と一緒に飲んでいた「S大付属の秋元」先生はどちらなんだろうと。
いやいや、この様子だとすでに二人の共通の話題と化している。
『弟』を連呼するあたり、知っているとしか思えない。


高野は二人がいつもこうやって揶揄ってくるのを、はははとカラ笑いで受け流すのだ。
「あの心電図ももうかなり方も古いですし・・・そろそろ買い替え時だと思うんですが・・・」
「そうですねー、予算の時期だし事務長に話して見ますね」
「よろしくお願いします」
ぺこりと頭を下げると、それじゃあ今夜一杯どうですか近くにイイ店があるんです、泰三先生が切り出し高野の肩を抱いて自販機コーナーに向かう。

「ええと・・・私は・・あれ?約束が・・・?」
高野はあごに人差し指を当てて考える。なんだろう、大事なことを忘れているような気がする・・・?
「どうされました?高野さん」
覗き込む3つの顔。
「お誘いありがとうございます、私はちょっと用事があるので申し訳ありませんが・・・」

いらいらしながら脳内の検索する。
−−今度一緒に・・・・・・・週の金曜・・・・・時さっきの場所で・・・

ひっかっかる言葉の羅列。
誰と話したのか?金曜日ってやっぱり今日?何時に行けば?それより場所はどこだ??
分からない事だらけだ。

「あああーもういい!」
うだうだ考えるのは面倒。待っている誰かは高野が行かなければ電話の1本も寄こすはずだ。
「ま、いいっか」
短純短絡O型人間の高野の最後の決めせりふはいつもこれだった。

まあ、いいや。

飲みは幹に任せて、高野は家に帰る。まだまだ寒さ厳しい2月。
家の窓はやさしく明かりが灯り、台所からおでんの匂いが漂う。

今日も高野はよき父よき夫。



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<きのう見た夢 全12話>
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