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「お待たせいたしました」

『約束した誰かだと思って』
と切り出された、誕生日プレゼントだという飲み会。
秋元大将・・・S大付属病院に勤める若い医師は、ニコニコと笑いながらそう言ってくれた。
「約束を履行してしまえば、金曜日の憂鬱から開放されると思いますよ、高野さんは僕と約束したんだって、きっとね」
部下に捕まり約束の時間を少し送れて駅に着くと、すでに大将は西口広場前のモニュメントにもたれて高野を見つけると足早に駆け寄ってきた。
いつもの白衣姿とは違う、ベージュのコートと黒のスタイリッシュなスーツに身を包んだ大将は『ふけ顔』だなんて今日は言わせないぞという意気込みがあふれているようだ。
「先生、白衣を脱ぐとイメージが変わりますねー」
高野が見惚れていると、銀縁の眼鏡越しに、微笑んだ気がした。

小さな小料理屋の座敷で相向かいに座ると、古くからの知り合いのように膝を崩したわいもない会話でほっと一息をつく。
そういえば。結婚してから、こうやって誰かと個人的に飲みに行くのは久しぶりだな、と高野は少しだけわくわくしていた。
今日は、妻子は実家に帰ってシンデレラタイムの心配もしなくて良い。



「高野さん、28歳おめでとうございます」
とりあえずビールで乾杯と大将は大きく腕を上げて、ジョッキをカチンと鳴らす。
「あ、ありがとう。まあ、おとこが誕生日祝ってもらうのもどうかと思うんですが・・・」
「まあ、いいじゃないですか、高野さんが生まれておめでたい日なんですから」
「はぁ」
なぜ、自分の誕生日が大将にとってもお祝いするくらい嬉しいのか高野には理解が出来ない。
大将はにっこり笑うと
「高野さんと飲めて嬉しいです」
と付け加えた。
熱燗を注文し、メバルの煮魚や揚げ出し豆腐など素朴な定番メニューに舌鼓を打つ。
「おいしい」
「でしょ、ここ、ドレッシングまですべて手作りなんですよ、僕は一人暮らしなんでよくここで夕飯をいただきます」
「あれ?ご家族と一緒じゃないんですか?」
「いい年になって同居はね、この近くにマンション借りているんです。今日はつぶれても大丈夫ですよ、我が家のソファー、高野さんになら!提供しますから」
「ははは」
口当たりのいい熱燗は、食欲を増進し注がれるままに杯を重ねると、高野は酔いが回り始めろれつも危うい。

高野の口から語られる、妻のこと娘のこと弟のことを、大将は時折相槌を打ちながら聞いている。
「エミはねー江戸っ子だからちゃきちゃきでさぁ、そこがいいんだよね〜。愛チャンはね、抱き上げると俺のほっぺたぺちぺちしてにかって笑うのさ、それがサー、また渉そっくりで・・」
愛するもののことたちを、さも誇らしげに語る高野の顔を大将はうっとりと眺め。
好きな人が、幸せな話をしているそんな顔を見るのがたまらなく好きなのだ。たとえそこに自分が登場しなくても。ああ、なんて自虐的。



「そーだ、今日はぁ、大将せんせが約束の人なんですよねー。どーもどーも。」
酔いは脳を覚醒するのだろうか、忘れてしまったはずの約束が高野の口から語られる。
「そーだ、あの店行きましょ〜なんだっけ?ショットバー・・・?」
「・・・・この間飲んだとこですね?」
「そうそこっ!」

高野はすでに千鳥足であったが、間違いなくあの路地裏に歩を進めた。
「えっとどこだっけ?ああ、あったあった、コーシュカコーシュカ」
目立たない黒いドアには「コーシュカ」と細いカタカナで銘がある。その下に小さく MENS BAR とあるのには高野は待ったく気がついていないけれども。




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